カテゴリ:;∀;)イイハナシダナー

昨日、朝の5時半に仕事から帰宅したんだけど、何やらリビングで物音がする。俺「ただいま」嫁「あ、お帰り、早かったね」俺(怪しい…何か隠してる?)

2018年7月6日 カテゴリ:夫婦 , ;∀;)イイハナシダナー

30 :キチママさん 2016/10/01(土) 05:21:03 ID:Z5q
仕事の待ち時間中に書き逃げ。
ほぼ夜勤で平日休み。年末年始GWも土日祝日もない底辺仕事の俺が、昨日誕生日だったんだ。
帰宅時間は日によってまちまちで明け方から昼前になるんだけど、誕生日の日は帰宅したのは朝の5時半くらい。
当然嫁は寝てる時間だから、そーっと中に入ったんだ。

バツイチ子連れ同士の再婚前に、試し同居をしている最中で彼女が事故で亡くなった。彼女の子は元夫に引き取られていったんだが、それが間違いだった

2018年7月5日 カテゴリ:DV , 修羅場 , 婚前 , 子ども , 子育て , 家族 , 衝撃的な話 , 連れ子 , ;∀;)イイハナシダナー

598 :キチママさん 2017/01/15(日) 21:47:03 ID:91l6erAh.net

ちょっと笑える話の後にこんな話ですまぬ

バツイチ子連れ同士の再婚前に試し同居をしている最中で彼女が事故で亡くなった
その後、彼女の子は元夫側の実の親の元で育てるべきという意見が認められてそちらへ
半年ぐらいして病院から電話→子の実父とその恋人からの虐待が原因で集中治療室に入った子を見たときが最大の修羅場

それから試し同居の実績と何より子供本人の希望があって俺の娘に
先日無事に成人式を迎えた

はじめてのお酒は父さんとお姉ちゃんたちと飲んでみたかったんだとか言って一人前に酒なんか買って来てさ
そのうち彼氏とか連れてきたりするのかなあ

俺が高校出て就職して2年目、新卒の女の子が入ってきた。研修期間が終わり、秋。一人の女の子がうちの部署に配属となった。タヌキみたいな横顔の子だった。

2018年6月20日 カテゴリ:ほのぼの , 子ども , 結婚 , 職場 , 馴れ初め , ;∀;)イイハナシダナー

193 :キチママさん 2012/05/16(水) 23:18:31 .net
788 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/12/04(日) 01:20:27.62
俺が高校出て就職して2年目、新卒の女の子が入ってきた。
俺より上は男しかいないようなむさ苦しい職場だったが、
俺以外の同期も後輩数名もみんな女の子で、一気に会社が華やかになった。研修期間が終わり、秋。一人の女の子がうちの部署に配属となった。
横顔がタヌキみたいに見えた。なんかいつもピョンピョコフワフワしてた。
滑り具合に定評のある俺のギャグにも、顔をクシャクシャにして笑ってた。
めちゃくちゃ幸せそうに笑うもんだから、一発でその笑顔の虜になった。

その年の暮れの忘年会、偶然席が隣になったので、ここぞとばかりに沢山話した。
もうすぐ来るクリスマスがちょうど誕生日だと言うので、翌日プレゼントを買いに走った。
似合いそうな可愛いヘアピンを買った。クリスマスの日も仕事だったが、
渡すタイミングを伺ってたら、一日が終わってしまった。

結局渡せたのは年が明けてからだった。苦笑いと嬉しさが混ざったように「ありがとうございます」
と言ってくれた。翌日からずっとそのヘアピンをしてた。知ってる限りは毎日ずっと。
次の春、連休に食事に誘った。
「男性と二人で食事にいったことなんかなくて、緊張します」と断られた。
絶望したね、1ヶ月くらいハイパーブルーだった。

その年の夏、女の子は泣きそうになりながら、というか泣いてた。俺に話しかけてきた。
「もらったヘアピンを壊してしまいました」ものすごく落ち込んでた。
何を言おうか混乱して、おもわず告白してしまった。
恥ずかしいから内容は伏せるが、女の子は驚いた顔を見せて走って逃げた。
パワハラ兼セクハラをかましてしまったと思い、またハイパーブルーになった。

子どもが何かに悩んでいるようだったので、相談できるサイトを紹介することに。しかし日に日に辛そうな顔をする子どもを見ていられず、サイトを開いて子どもの書き込みを探した。そこで見つけた投稿に、子どもの心が壊れる寸前だと気付いた私は、ある行動に出た。

2018年5月31日 カテゴリ:いじめ , 修羅場 , 子ども , 学校 , 家族 , 相談 , 衝撃的な話 , ;∀;)イイハナシダナー

32 :キチママさん 2016/03/04(金) 15:59:57 ID:lP4t4FSG.net
子供がネット上で「タヒにたい」と書き込んできた時が修羅場だったと思う。
悩んでいるのは分かっていた。
けど聞いてもハッキリとは答えてくれず、踏み込むことができなかった。
けど悩みが深刻化しそうだったから、話しにくいならと、相談できるサイトを紹介した。
(この頃2ちゃんねるを知らなかったので知〇袋を紹介した)
私は子供の日記や手紙を盗み見たことは一度もないけど、この時ばかりは日に日に子供が辛そうだったから、後日サイトを開いて思い当たるキーワードを入れまくって子供の書き込みを探した。
それと、最初に登録方法を教えた時にチラッ見えたIDの一部を探し、見つけることができた。
部活の先輩が原因だった。
子供は心が壊れる寸前だったみたいだった。
そこで私は他人の振りをしてその相談に回答した。
めちゃくちゃ同情して共感して、誰かに相談した方がいいと勧めた。
言えるなら親にも言った方がいいと。
その効果があったのかどうなのか、子供は話してくれた。
私は部活をやめてくれと泣いて頼んだ。
子供はそれでも頑張ろうとしたけど先輩からのひどい仕打ちが続いたある日、初めて泣いて帰ってきた。
そこからは早かった。
父親が顧問に怒鳴り込んで子供を退部させた。
担任も謝りに来た。
その先輩に一切関わらせないと約束させた。
それから2年半が経ち、先日の卒業式で「親への手紙」というのをもらった。
育ててくれた感謝の気持ちと「部活をやめて本当に良かった、あの時、生きることを終わらせなくて良かった」と書いてあり、改めてすごく辛かったんだな、よく生きていてくれたと思い、こちらも手紙を書いた。
「生まれてくれてありがとう、生きていてくれてありがとう」と。
あの後、心配でもう一度だけサイトを見たら、相談内容がダイエットになっていたのでちょっと安心。
もう見ない。

俺も嫁も障害のある娘の育児に疲れ果てていた。そんな毎日が嫌になった俺は1週間ほど家に帰らずにいたんだが、久しぶりに帰宅したところ、真っ暗な家の中で嫁が倒れていた・・・

2018年5月23日 カテゴリ:夫婦 , 子ども , 衝撃的な話 , ;∀;)イイハナシダナー

872 :キチママさん 2009/01/05(月) 23:32:52
高校生の頃から交際して、21歳で結婚、すぐに長女が生まれた。
長女はかなり厄介な病気と身体障害を持って生まれて来た。
嫁は娘の世話で精神的にも身体的にもやられて育児ノイローゼ。
俺も仕事のストレスが酷かった。ハタチそこそこなのに髪が禿げてね。
妻子さえいなきゃすぐに辞めてるような、本当に酷い会社だった。家に帰ってくると、出迎えも晩御飯もなく
散らかった部屋に娘の泣き声がぎゃんぎゃん響いてて
嫁はその横でボサボサの髪のまま睡眠不足でぐったりしてて…
お帰りなさいの言葉もなく愚痴を聞かされて…
っていうのがずっと続いて
嫁1人じゃ無理だから、俺も育児家事やるんだが
仕事と重なってもう限界で、毎日喧嘩の言い合いだった。ある日役所の人が来てね、俺らが虐待してるっていう通報があったらしい。
勿論虐待なんてして無いが、娘の異常な泣き声とか喧嘩の声とか疲れきった姿とかで
誤解されたんだろうね。でもその時は、虐待って事で良いから娘を連れて行ってくれって思ったよ。

俺も嫌になって、一週間くらい家に帰らず安いホテルに泊まった。
久しぶりに帰宅すると、家の電気がついてなくて、娘の泣き声が響いてて
嫁がキッチンで倒れてた。救急車呼んですぐに病院。
ずっと前から体調悪かったらしいが、娘の世話で病院に行く余裕もなかったらしい。

嫁の親が血相抱えて病院に来て、俺は全部事情を話した。
義母に「あんたらには家庭持つのは早すぎた。孫は私が引き取って面倒見る!」って言って
その場で長女を連れ去って行った。娘が3歳になるかならないかくらいの時期だな。

それから半年は、平凡で穏やかな日々だった。
俺は職場を退職して、失業保険と貯金を生活費に当てて
2人でゆっくり過ごした。

離婚して自由になりたいって思ったけど
お互い沢山寝て、沢山休んで、それで冷静になれた。
半年振りに娘と再会して、やっぱり自分達で育てたいって思った。
それで娘を引き取った。
それからは娘に療育や医療を受けさせる為に引っ越して、一からやり直した。

【衝撃】祖父母はしょっちゅう怒鳴りあってたけど、年に何度か車で旅行するようなツンデレ仲良し。祖母が亡くなって「ババァ俺の介護が嫌になったな」なんてツンデレな悪態をついていた祖父が、その11か月後に亡くなった。

2018年5月4日 カテゴリ:切ない話 , 夫婦 , 衝撃的な話 , ;∀;)イイハナシダナー

679 :キチママさん 2014/10/22(水) 15:37:14 ID:???

祖父が餓タヒしたと聞いたときが衝撃だった。

祖父母はしょっちゅう怒鳴りあってたけど、年に何度か車で旅行するようなツンデレ仲良し。美味しそうなご当地ご飯や景色を求めて全国どこでも行った。
祖父が糖尿で目が見えなくなり大好きな運転が出来なくなると本当に落ち込んでいた。すると、60過ぎた祖母が教習所通いを始め、運転をマスター。運転手が使えないから仕方ねえって言ってたけど、祖母が運転する時は必ず祖父が助手席。「下手くそだ、目が見えなくても俺のほうがマシだ!」と文句を言っていたけど、出かける時は、いつも念入りに髪をオールバックに整え、お気に入りの帽子を被って鼻歌を歌っていた。
何年かしてお盆の時期に祖母が亡くなった。親戚みんな揃っている時期に亡くなるなんて、賑やかなことが好きで行事が面倒くさがりな祖母らしいねってみんな言っていた。
祖父は大声をあげて泣いていた。慟哭といえばいいのか、こんなに悲しく辛そうに泣く人を後にも先にも見たことがない。
次の日になると、「ババァ俺の介護が嫌になって先にタヒにやがった」と葬儀中に悪態をつくいつもの祖父だった。
それから11ヶ月後、祖父が「夢にばぁさんが出て来た。新しい家建て終わったよ。来たかったらくれば?って言ってた。ばぁさんが車で迎えに来る」そう言って、食事を拒否するようになった。なんとか説得しても頑固で聞かないし、病院も行かない。点滴も目を離すと抜いてしまう。そうして、祖母の命日の2日前に亡くなった。祖母の初盆のために集まっていた人たちは、そのまま祖父の葬儀と祖母の初盆をまとめて参加することになった。お坊さんも使い回しと言ったら変だけど、そんな感じに。さすが、ばあちゃん段取り良過ぎるとみんなで笑いながら泣いた。祖母が生前良く言っていたことをみんな思い出していた「あの老いぼれ爺が先にタヒんだら私は長生きできるだろうねー。ちゃっちゃと大喜びで葬式しちゃうよ」って。
祖父の部屋から祖母の遺書?手紙が見つかった。「私の三回忌ぐらいで湿っぽいのは終わらせること。遺骨は適当に撒いて欲しい。海なら海外旅行もできるし、とても宜しい。爺さんも撒けば、大好きな釣りでお世話になった魚たちのカルシウムにでもなるだろう」と書いてあった。

なんだか祖父母に会いたくなったので、書き込ませていただきました。

カレー屋にばあちゃんと行ったら、突然食べながらばあちゃんが泣きだした。マスター曰く、ばあちゃんくらいの年代の人だとたまに泣く人がいるらしい。そのお年寄りを泣かせるカレーがこちら→

2018年3月22日 カテゴリ:ほのぼの , ;∀;)イイハナシダナー

898 :キチママさん 2018/01/16(火) 13:37:01 ID:W3rAifLb.net
有給消化で暇してたんでばあちゃんとカレー屋にランチに行ってきた。
そこのカレー屋はご飯が麦飯、ちょっと粟も入ったやつ。
私は雑穀米とか麦飯大好きなんで普通に食べてたんだけど、突然食べながらばあちゃんが泣きだした。
「麦飯なんて…50年振りだよ、懐かしいねぇ…

って、ぐずぐず鼻すすりながら食べてた。
お店のマスター曰く、ばあちゃんくらいの年代の人だとたまに泣く人いるらしい。
私にはそういう感覚があまり無いし、麦飯が高価なのか庶民の味なのかも分からないんだけど、嬉しそうに食べるばあちゃん見て、少しは孝行できたかなと思った。

俺、どうもあと5~10年で死ぬらしい。悪性リンパ腫だと言われたから彼女と別れようとしたんだが…

2018年3月21日 カテゴリ:切ない話 , 恋人 , 自分語り , 衝撃的な話 , ;∀;)イイハナシダナー

531 :キチママさん 2011/03/03(木) 04:37:39
なんかみんなすごいよ
俺は病院であと5年~10年以内にタヒぬって言われて
彼女に別れてくれって言った時、
「ふざけるな、あんたがタヒぬまで一緒にいる」って言われて
いろいろあって結局結婚しました
詳細って書くべきなのかな?

仕事で知り合ったAさんの話なんだが、Aさんの長女が大学を受験した日のこと。Aさん夫婦は揃って仏壇に向かい「どうか落ちてくれますように」と祈った。←その理由があまりにも切な過ぎた…

2018年3月19日 カテゴリ:お金 , 仕事 , 切ない話 , 子ども , 田舎 , ;∀;)イイハナシダナー

180 :キチママさん 2018/01/20(土) 15:33:42 ID:ehZ
大学入試のニュースを見てて思い出したんだけど
15年くらい前に仕事関係で知り合ったAさん(男性・当時80代)は
長男、長女、次男の子ども3人を、全員大学まで上げた人だった
Aさんは超のつく田舎の村、その中でも貧しい家の生まれで
小学校しか出てなかったけど頭が良かったようで
兵隊にとられた時に上官にとても目をかけられて
「お前が上の学校まで出ていたらどんなに立派な人物になったことか」と言われたそうだ
その言葉がずっと心に残っていたAさんは
学校に行きたい、勉強したいという子どもたちの願いを退けることができなかった
奥さんと一緒に働き詰めに働いて、苦しい生活の中で何とか学費を捻出した
当時、村ではそれなりに裕福な家でなければ中卒が当たり前で
Aさん夫婦は尊敬というより奇人・変人扱いされた
まして女の子を進学させるに至っては、「あそこの家は〇でも違ったか」とまで言われた
長女が大学進学を希望したのは、Aさんの経済事情はもっとも苦しい頃で
Aさん夫婦は長女の受験の日、仏壇に向かい「どうか落ちてくれますように」と祈ったそうだ
祈りの甲斐なく長女は合格し、Aさんはやはりタヒに物狂いで働いて長女を進学させた
周囲に何と言われようが子どもたちの希望を叶えてあげた気持ち
その一方で、「どうか落ちて」と祈らずにいられなかった気持ち
想像すると切なくなる


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